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ほびのおん。

日常の潤いに少しでも乾きを!

話さないと何もわからないよ。

 

 

軽音サークルに入ってました。四年間。少しの間だけ休部していたけど。人生で初めて、先輩と後輩がいた時でした。

 

部活は中学の頃もやっていたけど、横の繋がりが強すぎて、他学年は誰のことも思い出せません。高校の部活は、入っていたとも言えないくらいの時期に辞めてしまいました。

 

サークルに入った頃は音楽なんて全く聴いてませんでした。TVやCMで流れてくる一部分くらいで、知ったつもりになった曲ばかりでした。正直、周りの人たちの詳しさを知って恥ずかしくなったのを覚えています。

 

私は小さい頃からピアノを習っていました。音感が良くて、幼稚園の頃には、JITTERIN'JINNの夏祭りのメロディーを聞き取って弾いて、周りの大人に褒めてもらっていました。だからピアノが好きでした。

 

ただずっとバンドというものに憧れていました。ソロでピアノを弾く姿もおしゃれだけど、ドラムやギターやベースに混ざってキーボードを掻き鳴らすように弾くのは本当に楽しそうだな、と。たしかミュージックステーションのバックバンドを見てそう思った気がします。

 

バンド」という言葉自体を知らない頃だったから、親に伝えるのも苦労しました。結果的には、私が歌を歌いたいんだと思われて、父親に「近所のじいさんに民謡を習えばいい」と軽くあしらわれました。とてももどかしくて泣きました。

 

それからなんとなく「バンドがやりたい」と言うのが恥ずかしくなって、ピアノだけを続けていました。

 

大学に入った時に、サークルと部活の違いを知って、軽音サークルに入ればバンドができるだろう!と思って、当時ゼミが一緒だったかわいい天然ちゃんと、パンフレットにあった軽音サークルを片っ端からあたっていきました。

 

ただやっぱりバンドに詳しくないと馬鹿にされました。唯一名前を知っていたのがDOSEだけだったので、好きなバンドはDOSEで答えてました。大体のサークルは「あー、DOSEね(笑)」みたいな反応で。

馬鹿にしてんじゃねえよ!かっこいいだろうが!活動休止発表に私は泣いたぞ!今だから言えることです。

 

私がいたサークルは夜間学生が中心で、入る予定にはありませんでした。廊下で途方にくれてたところを救われた感じです。その時の部長と副部長の優しさたるや。はじめはぷよぷよする為だけに通いました。 

 

本格的に入部を決めてからの時の流れはめちゃくちゃ早かったです。犠牲にした単位数を合計したら大学生活が2周できるんじゃないでしょうか。

全てが楽しい思い出だったかというとそうでもなかったです。弾けなくて何度も指を折ろうとしたし、実際爪も折ったし、バンドメンバーの相性って大事なんだなっていうのもかなり感じました。

 

 

ここまでサークルに入るきっかけを話しただけでも1100字を超えています。私には中身のある思い出があったんです。

 

ただ、最後のライブの時に、私は何も言えませんでした。なんとなく、私が言っても何も響かないだろうという気持ちが強かったからです。

 

どうして肝心な時は自分をつぶすようになったんだろうか。いつもはうるさいくらい自己主張をするのに。そこが私の弱さなんだと思います。

 

 

母の日のケーキに私の好きなチーズケーキが入っていなくて、「言わないんだもん、わからないよ。」と言われたのがきっかけで思い出した話でした。