ほびのおん。

日常の潤いに少しでも乾きを与えるための遺書

2018年2月15日。

 

 

コンプレックスのかまたり

 

 

ブスがコンプレックスである。

 

 

自分の顔、声、体型が客観的に認識できません。20数年生きてるけど、特にここ数年が酷すぎる。自分に似合うものと好きなものにずれが生じ始めてきた。モチーフがデフォルメされたような子供っぽいものが好きなのに体がどんどん老けていくのが悪いとか言い訳していたら完全違法ロリババアになりつつあります。妖怪かよ。

 

 

  • 身長165センチ(大学生活で2センチ伸びたよ!)
  • 体重50キロ前半(日によってボクサー並みの変化あり)
  • 肩幅ガンダム
  • 安産体型

 

そもそもこれだけ成人女性として立派な体型にサブカルロリータ趣味は無理がある。ガタイの良い体に幼さは似合わないのだ。だからといって、パーソナルカラー、骨格診断、あらゆるSNSを駆使して自分に似合うものを探し出すと、結果的に量産型女子になる。 別にそれが悪いというわけではないけれど、私がゆるふわ茶髪女子になると、根無し草のようになってしまうのではないかという恐怖心がある。小さい頃から長いものに巻かれ、金魚の糞として生きてきたゆえの主張のなさ。私が黒髪ぱっつんであり続けた根底はそこにあるのだ。見た目で個性を主張するのはみっともないとか言ってたくせに、誰よりも見た目に固執している。かっこ悪ーい!!!!

 

 

見た目の趣向が大きく変わってぐんと綺麗になった人もたくさんいる。超有名どころでは菜々緒石原さとみなど(以下敬称略)、彼女たちは自分に似合うものを理解し好むことで魅力が格段に増した。過去の写真なんて、超超超有名なんだから、ググってみればすぐに出てくるだろう。菜々緒レースクイーン時代は、茶髪に巻き髪、まつげの量も多いギャルメイクだったし、石原さとみも、重めの黒髪にナチュラルな眉毛である。二人とも今と顔のつくりは同じでも、雰囲気はかなり違っている。「似合う」を味方につけたうえで自分の魅力に昇華させることができた例だと思う。

 

 

美人は芸能人だけじゃない。SNSが発達してきた今は、割と簡単に見つけることが出来るようになった。そのかわいいが本物かは置いておけばTwitterには自撮り美女で溢れている。少なくとも私がフォローしている美人は実際の世界でも全員美人である。SNSでは「好きを似合う」に変えた人が多くいる。芸能界のように大衆にウケる必要がないし、似た者同士が集まりやすい分、好きを自分のものにしやすいのは確かだ。そして私は、そんな風に、自分に似合うものを作り出してきた人たちに強く憧れている。かっこいい!最高だ!

 

 

そういうものに、私はなりたい。たくさんの憧れを込めながらいいねボタンを押している今日も、私はうさ耳パーカーを着ているのだ。

 

おしまい。