バンドマンに村を焼かれている。

日常の潤いに少しでも乾きを!

2019年4月6日。

 

 

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「牛肉は牛の肉、豚肉は豚の肉、じゃあトリニクはなんの肉でしょう?」

 

 

最寄駅に迎えに来てくれた母から出された突然のクイズに、私はそのトリニクが鶏肉という字を書くならニワトリと答えた。

 

 

「だよねぇ、普通はそう思うよねぇ。」

 

 

駅で私を待っている間に視聴していたクイズ番組の内容だったらしい。平成生まれの若者が300人?だっけ?集められて全員正解すると100万円がもらえるとかそういう感じの。賞金目当ての他の人が皆正解を出す中で、何人かおかしな答え方をした人がいたんだ、と。トリニクは「鳥の肉」と答えた子がいると。

 

 

「その子、トリニクの鳥は一種類じゃないっていうの。スズメとかダチョウの肉も食べるっていうの。でも普通考えたらニワトリの肉じゃない。普通は。」

 

 

普通普通を連呼してその解答者がどれだけ捻くれてるかを熱弁してきているけれど、今目の前にいる娘ですら「そのトリニクが鶏肉と書くなら」と前置きをしないとニワトリの肉だと答えられなかった人間側だ。何が間違っているのかが分からなかった。

 

 

例えば1+1=の答えを聞かれたとき、「田」というクイズ的な意味と「2」という数学的な意味の二種類の答えかたがある。そしてそれが指定されない限り、出題者の気分次第で正解が変わるのでこの問題をクイズとして出すには不適切である。 私は出題部分を見ていないため正確なところはわからないが、口頭で聞かれた場合は最初のクイズも不適切なものだと思う。

 

 

そもそも平成が終わろうとするスーパーでは鶏肉コーナーで鶏以外の肉も扱っているところがぐっと増えた。私の住む田舎町にだってカモ肉が毎日鎮座している。だからといってカモ肉コーナーが設けれているわけではない。案内に書かれている文字は「鶏肉」

 

 

自分の当たり前がみんなの当たり前だと思う人が作った番組なんだろうなと思った。見てはいないけど見てなくてよかった。頭の悪い人間が作るものは精神衛生上よろしくないのだ。

 

 

2018年8月25日。

 

 

8月後半は子どもの自殺率が最も増えるそうです。そういえば私が高校時代3号館二階の女子トイレで首を吊ったのも高3の8月終わりだったなあと思いました。この話、中途半端に繰り返しすぎたせいで面白みがなくなってきたのでもういい加減やめよう。今回限りでやめる。

 


自殺しようと思った原因は色々あった気がするけど、きっかけは夏休みの課題に全く手をつけていなかったことでした。今思えばその程度のことなんだけど、これやらなかったら高校から大学への推薦がもらえなくて私の最終学歴が大きく変わってたんだよね。ならやれよ。

 


夏休み終わり際に、進捗状況報告するために、まっさらな天声人語書き写しノートを2冊と、革のベルトと遺書をリュックに入れて、その日は暑すぎたので車で学校に送ってもらって、すぐ終わるから!って母親に近くで待機してもらってから、やってない課題をヘラヘラ見せて、焦る担任に対して「え~?どうしよっかなぁ~??」って言ったところまでは覚えてます。

 


場所としてトイレを選んだのは確か夏休みはほとんど人が通らない場所だったから。結果的にデブが幸いして(?)ベルトを引っ掛けていた扉のフックが取れて未遂に終わったんですけど、首吊り前と後で、私の中の価値観がくるりと裏返ったような気がしました。

 


まず、死ぬことはとても身近。長寿大国日本でも自主的に死のうと思えば簡単に死ねる。首にベルトつけて一気に体重を落とした時、暗くなる直前に「うわあすげえ簡単な方法だ!」って思った。あんなに苦しんだ自分の人生あっさり終えられるんだって驚きました。死は全然タブーじゃなかったんです。考えちゃいけないことだと抑え込んでたのをやめたので、今はあの頃よりだいぶ生きやすい。つらかったらいつでも死ねる。

 


あと、つらい気持ちを救ってくれる人は本当にいないので自分でどうにかするしかない。首吊り沙汰の時、校庭で待機してた母親の他に、高1の1学期の頃の担任と、3年の頃の担任が探してくれてたそうで、私が見つかった後に「悩みがあるなら話してほしい」って言っていたそうな。・・・いや、言いましたけど?この世の中、ポツンポツン出してた小声のSOSは見向きもしなかったくせに、最悪な方法(大多数の人が良くないと考えてるようなことです、この場合は死ぬこと)に手を出した途端、どうにかしようと焦るやつが多すぎ。私のことを救いたいんじゃなくて、苦しんでる人を救ってる自分が好きなのがよく透けて見える。世の中割と優しくないんだよ。期待しすぎないほうがいい。

 


それから、終わりよければ云々じゃないけれど、私の中で死ぬことは人生の総評価みたいなもんなので、高3じゃまだ早すぎたなと思いました。納得できないから生きてる。まあでも納得するために死ぬ人もいるんだろう。それはその人の価値観次第。

 


「最良の死を望むのなら生きることを尊ばないといけないのよ。」って、たまたまつけたアニメで言ってた台詞なんだけど、ああなるほどなあって結構気に入ってます。私は良い死を迎えるという目的のために生きている。

 


これは別に、生きようか死のうか迷ってるキッズたちを救いたい記事じゃないです。それこそ好きにしなさいよ。私はこれから24時間テレビを無視して録画した猫の恩返しを3ループする予定なんです。

 


死ぬことを目標に生きるのも悪くないよ。

2018年7月17日。

 

 

力、腕力、あと脚力。

 


物理的な力は圧倒的な強さがある。言葉よりも強い。暴れる力を目の前にしたら身を守ることが優先されるので自然と相手に従ってしまうものだ、と、経験上思ってる。

 


そんなことを知らない頃は頭が良ければ無敵なんだと思ってた。その時点で馬鹿だなあ。

 


力でねじ曲げられた人生だから力で修正しようと思って始めた筋トレなんだけど、そのせいか必ずジムに行った日は悪い夢を見るのです。

 


夢なんだけど、わかってるんだけど。どう修正したらいいんだろう。

 

2018年5月24日。

 

 

私が高校生くらいのころ、突然3歳年下の弟からフルシカトされる生活が始まったんですが最近はsnowでツーショット撮れるくらいの仲まで回復しました。みんな口を揃えていいます。

 


「弟は大人になったんだね」

 


ちょっと待ってくれ。人ひとりを突然、完全に無視をするようになったのは彼だぞ。私が何か嫌がらせをしていたわけではないし必要なことがあれば弟の面倒を見たこともあった。確かに弟の中でも思春期を迎えて色々あったんだろうけどなぜそれが大人になったにつながるのか。ヤンキーが更生して普通の人間になったパターンと同じじゃないか。と、心の中で憤慨しています。

 


法律を守るのは当たり前、決められたルールだから。だけど破ったあとに面倒臭い目にあうのが嫌だからっていうのが1番大きい理由だったりする。校則、社則、大体のルールも破ったら後処理が面倒だから大まかに守って生きてきました。大体の大人にはいい子、扱いやすい子、責任感が強い子だという評価を受けてきました。小学校の通知表の性格評価もちょろいもんだったよ。

 


運と外面の良さだけでぬるく甘く生きてきてたから、高校でメッキがはがれ始めて大学じゃボロボロになって今は残りカス集めてかろうじて人としての形を保ってるだけになっちゃったんだけど。大人ってなんだろうなあ。

 


こんな悩みを持っていいのは10代までだと思ってました。二十歳超えたら成人だし大人がどうのなんて言っちゃいけないんだろうなあと思ってました。いや今とっくに超えてるけど大人に対するいろんな考えがとまらないよ。私も早く大人になりたいから何か悪さしでかして反省したフリでもしようかなとか思っちゃう。なんなんだろうね、多分私みたいになんとなくルールを守って生きてきた人いっぱいいると思うよ。そういう人たち、損をしてきたと思っちゃダメでしょ。守るべきことを守ってきたんだから。幸せにしてくれよ。幸せになりたいよ。

2018年5月23日。

 

 

私は健全な精神かと言われたらそうではない部類に入るけれども、これだけは、これだけは!SNSにひらがなだらけ誤字だらけの支離滅裂な文章を投稿することだけは!!やりたくないと思って生きています。メンヘラブスの誘い受けなんて醜いにもほどがある。それでも何度かやらかしたことはあるけど大体が酒飲んで酔っ払ってる時の投稿でした。ほんとクズ。ただでさえ好いていないのに酔ってる自分は本当に嫌いだ。

 


こういう風に自分が嫌いだということを前面に出して生きてると、周りの人たちが不愉快だそうです。わからん。みんな自分のこと好き?どうやったら肯定できる?教えてください。

 


やわらかしゅん汰としてツイッターを始めるきっかけの1つに、大学の先輩から「お前のツイートが多すぎてうるさい」と言われたことがあります。実際はもっと冗談めいて軽い口調だったけど、先輩相手にだったらフォロー外せとも言えず、うるさいと言われてしまってはまあしょうがないので作り出したのがやわらかしゅん汰。ツイッターなんてアカウントがいくつあっても中の人間は1人だけなんだから、そんな大差ないだろうと思ってます。私はね。多少ツイート内容に棲み分けがあるけど、大体は変わらない内容でボコボコつぶやいていたら今度はサークルの人に「お前の裏垢やばいな」と言われるようになりました。なんなんだ裏垢って。包み隠さずやってきたしむしろオープンにしてたくらいだし学校用のアカウントの方が鍵をかけていて裏アカウント感が満載なのに、自分たちの目が届かないところは裏なのか。知らんがな!めんどくせえ~~!!!

 


しゅん汰、微妙にフォロワーが増えつつあるんだけども、みんな変な虫を見に来る感じなんだろうか。私自身何か特別に活動しているわけでもないからアレなんだけど。私が普段吐露する生きるの辛いツイートに少量のいいねがつくと、ああ、わずかに辛い人がいるのか、それとも私が辛いことを見て本当にいいねと思っているのか、どっちなんだろうなあと考えます。性根がSNSに向いてないんだよなあ!みんないつも見てくれてありがとう!!

 


今日は完全に気持ちが土曜日で菜々緒様のドラマを楽しみにしていたのに水曜日だとわかったショックの勢いだけで書いた文章でした。日付の勘違いが豪快すぎる。

2018年5月18日。

 

 

人生諦めモードに入るきっかけになった出来事、年数数えたらもう6,7年くらい前の出来事なのに今でもはっきり夢を見ることがあります。今朝もそう。夢だったはずなのに心なしか子宮と頭皮が痛い。

 

 

嫌なことって人に話せば軽くなるとか言われるけど、相手がよほど屈強な精神の持ち主じゃないと話せない。私の周りの大好きな人たちは軒並みメンヘラ被害を受けた人たちだからこれ以上は絶対に話したくない。嫌な思いになってほしくないしみんな本当に大好きだから。だけど溜め込めるほど私自身強くないんだよなあ。

 

 

 

最近筋トレを始めました。中身が弱いなら器を強くすればいいじゃない。今までひどいことをしてきた人たちやこれから出会うひどいことをしてくる人たちを殺すことができるくらい。動機が暗いぞ。でも誰かを守るためなんておこがましいことは言いたくない。みんな自分のことは自分で守っていくしかない。

 

 

事実が無になることはないし、泣いても喚いても明日は来るし、私の処女膜がかえってくることもない。

 


話せなかった出来事をチクチクと腕に書きながらブログを打ってるので支離滅裂。今日は胸トレするぞー。

 

2018年4月28日。

 

 

セックスが嫌いというか苦手なんですけど、ヤリマンという存在を最近肯定できるようになりました。

 

 

あの人たちはセックスの良さを知っているんだなあと。私はそれが理解できないけど良さを知っている彼女たちを否定する必要はないなって感じ。

 

 

このくらいの短文、ツイッターで言えばいいんだけどあんまりセックスセックスいうのもどうなんだよって思ったのでブログ。